【毒親】実体験から考える特徴と子どもへの影響について

”毒親”という言葉を聞いて、ドキッとしました。毒親とは、子どもを自分の所有物として支配しようとしたり、逆に無関心であったり、子どもにとって毒となる親のことを指します。私は、私の親は、毒親なのか、と考えることすら申し訳ないとさえ思ってしまいます。でも自分が子どもを産み育てている今、ああ、やはり私の親は軽度ではあるけれども毒親に分類されるのかもしれない、と思うようになりました。

私の母は終末期を迎えています。こちらの記事(育児と母の介護)でも書きましたが、妊娠中から最近まで、母の介護をしていました。結婚して子どもを産んだのも、母が病気なって余命短く、早く孫の顔を見せてあげたいと思ったからです。これが、ただ母が好きで母を想っているからしたことなのか、母や父に”親孝行な娘”と認めてほしいからしたことなのか、今でも悩んでいます。

あの時もっとこうしていれば自分の人生はもっと違ったのだろうか、もっと親に反発していたら・・いや、無理だったか、、というような瞬間が人生でいくつかありました。親のことは嫌いではありません。でも息苦しさを感じる。

毒親とはどんな存在なのか、私の親は私にとってどんな存在だったのか、私が子どもに”毒親”とならないために私はどうすればいいのでしょうか。

毒親とは

精神科医の熊代亨氏は「毒親」になってしまう人に見られる傾向について、次の4つを挙げています。
出典子どもを苦しめる「毒親」になってしまう家庭にみられる4つの特徴 – ITmedia eBook USER

1. 生活や子育てに対して不安の強い母親
2. 心身の病気を患って余裕のない母親
3. 母親自身が心理的充足に飢えている
4.家庭にしっかりした父親の存在感がない

そして、具体的には以下のような行動をするそうです。

・子どもに過剰に関わり先回りする(過干渉)
・子どもの人生をあたかも自分のもののように感じてレールを敷きたがる
・自分の叶えられなかった夢を子どもで叶えようとする

子どもを自分の”分身”として認識してしまうと、上記のようになってしまうのかもしれません。

私の経験から考える毒親の特徴

私の親は、子どもが大人になった今、そこまで干渉してこなくなりましたが、学生までは自分の”分身”として子どもを認識し、できないことを否認し結果のみを重視し、自分の思った通りに行動するよう支配していたように思えます。

①子どもの心情を理解せず、自分の意見を押し付ける

私の親は過保護、ということはなかったと思います。ただ過干渉でした。小学校の頃、私は友達付き合いがあまり上手ではなく、偶然「一緒に帰ろう」と声をかけてもらったことをとても嬉く感じたことがあります。これを夕食の時に親に話したところ、主に父から「友だちから〇〇して”もらった”とはどういうことだ」「なさけないと思わないのか」と厳しく言われ、意気消沈しました。後日、父からは「同情してやったんだ」と言われた時は頭の中は「はぁ~????」でした。もっと私の気持ちに寄り添ってほしかった。

小学校でも学年が上がり、友だちともうまく付き合えるようになって一緒に遊ぶのが楽しくなってきました。当時、私は習い事漬けの日々。中でもイヤだな・・・と思っていた習い事をサボって遊んでいました。たまたま早く帰ってきた母親に、「何で遊んでいる!習い事に行きなさい!」と引っ張られて連れて帰られたことがあります。

また学校でクラスメイトと衝突し、とても悔しい思いをして泣きながら帰宅した時のこと。その日はピアノの日でしたが、泣きすぎてどうでもよくなっていました。たまたま来ていた祖母は、「何か悔しいことでもあったんでしょう」と放っておいてくれましたが、これまたたまたま早く帰ってきた母に見つかり、私の話を聞こうともせずにピアノに連れて行かれました。

子ども心に、ああ、私の気持ちなんてどうだっていいんだ、全部我慢して、親の言う通りにしてないといけないんだ、と思ったことを覚えています。小学校の頃から、私は親に学校で”何があったか”は話しましたが”どう思ったか”を話すことを辞めていました。

②行動を否定し、結果のみ重視する(子どもに劣等感を植え付ける)

①で述べた高校受験の件ですが、この高校に行くにあたっても、偏差値が65程度あったためそれなりに勉強しなければならず、模試でA判定を取るまで「お前なんかがこの高校に行けるわけないだろう」と罵倒され続けました。

小学校の算数で、速さと割合がどうしても分からず、テストで60点を取ったことがあります。それを戒めとして冷蔵庫に半年近く貼られました。中学校での中間/期末テスト。私は頭はそんなに悪くなく、基本的には80点以上。でも100点って難しい。その点数に対して、私としては「まあ頑張ったかな」と思っていても、親に見せると95点でも「頑張ったね」なんて言ってもらったことがない、「教科書、ノート、資料集、プリント、全部持ってきなさい」と言われ、間違ったところに対して「ここに書いてある、なんでここはノーマークなのか、勉強してなかったんだろう」との指摘。私は結構頑張ったんだけど・・・。

成績は基本的には5、時々4でしたが、それでも「ああ、私はダメな子どもなんだ。できないんだ」と劣等感の塊でした。唯一の救いが、友だちが「すごいね!」と言ってくれることでした。

③比較する

親は両方教師です。親自身もそんなに頭は悪くないし、学校で色々な子どもを見ています。成績がどのようなつけ方をされるのかも熟知しています。できる子どもできない子どもも見ています。でも、自分の子どもについては盲目だったようです。「自分の子どもだから出来て当然」と思ってたんだと思います。

勝手に、自分の教え子と自分の子どもを勝手に比較して、なんでできないの!と勝手に幻滅される。「お母さんのクラスの〇〇さんはもっとできるのに!」と理不尽に怒られ八つ当たりされる。子どもとしては「知らんがな!」です。勝手に教え子の中でも上位クラスの子どもと比較されて怒られるんですもの。ひどい話です。少しは褒めてよ、普通でいいじゃん、そんなことを毎日思っていました。

毎日のように比較され、けなされると劣等感の塊はどんどん大きくなっていきました。大学受験の時、これ以上傷つきたくないと、推薦入試の道を選びました。それなりに上位校だったため、そこまでとやかく言われませんでした。ただ母からは、「ちゃんと受験しないなんてズルい」とぼそぼそ言われていました。

④圧制を強いる

どれだけ比較されたり押し付けられたりしても、子どもが言い返せる余地があれば全然マシだと思います。般若のような顔で大声で怒鳴りつけられたら、子どもが大人に言い返すなんて無理です。「お前はダメだ」と言われ続けられていたらなおのこと、

「誰のおかげで生活できてると思ってるんだ!」なんて言われたら、従うしかないじゃないですか。少しの反抗も許されませんでした。常にいい子でいようとする。反論はしない。従順。つまらない子どもだったと思います。親が子どもをコントロールしようとして、そこからはみ出ようとすることを許さない。言論の自由も奪われる。窮屈な毎日でした。

⑤不仲を見せる

私の親は、毎日のようにお互いの愚痴を私に漏らしていました。あの人のこういうところが嫌だ、と愚痴られる。ハイハイと聞き流していても、耳には入ってくる。お互いの直接の喧嘩も日常的に目にする。喧嘩に巻き込まれるともう大変。一度、大学生にもなって親の前で泣き出してしまったことがありました。その時のストレスは半端なかったです。

喧嘩しているところを見せられると、不快に思うよりもまず体が反応してしまいます。動悸がひどく、食べ物が喉を通らなくなり、呼吸も息苦しくなる。本当にやめてほしかった。でも親たちは、喧嘩をしても愚痴を言い合っていても、離婚をするほどでもなく、二人で旅行に行ったりしているんだから不思議です。

離婚しないなら、子どもの前で喧嘩はしないでほしい。余計なストレスをかけないでほしい。

毒親の下で育った結果

上記のような環境で育つと、”極端な子ども”しか生まれないと思います。”極端にいい子”が出来上がるか、”極端に無気力な子””極端に悪い(非行に走る)子”のどれかです。私は”極端にいい子”でした。

私が通っていた高校は、帰国子女や在日外国人が半分以上を占めるような学校でした。”いい子ちゃん”はつまらないと見なされる。なので初めは大変でした。ハメの外し方が分からない。”つまらないヤツ”認定され、なかなか馴染めませんでした。でも高校生になり家で過ごす時間が減ってきて、毎日異国のような環境で揉まれ、親との付き合い方もマスターしてきてようやく”いい子ちゃんキャラ”の殻を破り始めることができました。

でも、もう三十路を過ぎましたが、今でもまだ破り切れていません。

・間違える、失敗することを極端に恐れる
・目上の人に何かを言うときに極端にドキドキする
・飲み会の席で、気の利いたことを言えない
・自分の生き方について、親の目を気にしてしまう

親から圧制を強いられてきたため、目上の人と話す時には今でも「失礼なことを言ったらどうしよう」「気分を悪くするようなことを言ってしまったらどうしよう」とドキドキします。そのドキドキを隠して話す術は身につけましたが、緊張感はなくなりません。

会社で何か提案する時も、自分の提案の結果失敗したらどうしようと、マイナスのことばかり考えて慎重になりすぎてしまいます。

結果、自分を守るために自分の感情を殺して過ごしてしまうクセのようなものが抜けきれません。本当に生きにくい。親子広場でのママさんたちとの会話も窮屈。面倒くさいとも感じてしまいます。

自分が大人になった今、親との関係

就職を機に家を出て、親と適度な距離を持てるようになってから、とても楽になりました。親も自分の分身がいなくなったことで、自分のことのみに集中できるようになり、かなり性格も丸くなりました。孫ともよく遊んでくれるし、ちゃんと自分を”一人の大人”として扱ってくれるようになりました。

毒親になっていたのは、親なりに、手探りで子育てを一生懸命していただけの結果なのかもしれません。でも当時子どもだった自分にはただただ辛い毎日でした。もう二度と子どもの頃に戻りたいとは思いません。

でも、”いい子”に育ったからなのか、親は大事にしなくてはと思うし、これからもある一定の距離を保って付き合っていきたいとは思います。同居は絶対にごめんです。母が病に倒れたから優しくできるのかもしれません(育児と母の介護)。自分の趣味に明け暮れて私の生活にはあまり干渉せず、孫には優しい父になったからそう思えたのかもしれません。

今となっては本当に毒親だったの??と思ってしまうくらい人間変わった親ですが、子どもの頃には絶対に戻りたくないですね。

自分の子どもにしてやれること

私はいわゆる毒親の環境で育ち、子どもの頃の生き方を後悔しています。でもそのおかげで、子どもが親や大人に逆らうことの難しさを身をもって分かっています。わが子にとって、私は何をしてやれるのでしょうか。

まだ模索中で、子どもが幼いのでまだまだこれからですが、少なくとも下記に気を付けて子育てをしています。

・共感する
・頑張りを認める

特に子どもが何かやりたいことがあって、でも親としてそれを実現させてあげられないとき。とにかくその「やりたい」と思った気持ちに共感する。些細なことでも。その上でダメな理由を伝えています。

長男けんけんが、リオオリンピックの競泳を見て、「泳ぐのやりたい!」と言ったので水泳を始めました。でも水に顔をつけるのがどうしてもできず、半年経ってもう限界と・・・。でもけんけんは、毎回のプールを頑張っていました。ここで「顔を水につけられないのは、勇気がないからだ!弱虫だ!」なんて言ってしまっては自分の親と同じ。ただ「頑張ったね、少しお休みしようね」と退会させました。ちなみに、「小学生になったら顔を水につけられるようになるよ~」と本人は言っていますが、果たして・・・。

自分が毒親にならないためにどうすればいいか、今後も勉強していきたいと思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

某シンクタンクでフルタイム総合職のmajikoです。 2013年に長男、2016年に長女を出産。日々時間に追われるワーママですが、子どもの教育も、自分の人生も諦めたくない!と欲張りに生きています。 共働きワーママならではの視点からのブログです。少しでもお役立ちできれば。